昭和40年会

昭和40年会presents
七人の小侍+1
出展作家プロフィール
●池田晶紀[松蔭浩之・選]
1978年神奈川県生まれ。2001年創形美術学校在学中に自ら運営していたドラックアウトスタジオで個展を中心に活動を始める。卒業後松蔭浩之に師事。2001年からポートレイトシリーズ《休日の写真館》で写真家としての創作、発表を中心に個展(アップリンクギャラリー、現代美術製作所ほか?)。もって生まれた茶目っ気とコミュニケーション能力が反映された写真作品は昨今注目を集め、『美術手帖』、『ART
iT』などの雑誌での撮影でも活躍。また、「横浜のぼっちゃん(YB)」としてライブ活動も展開中。
●臼井良平[会田誠・選]
1983年静岡県生まれ。2001年美学校バラバラアートクラス(講師・会田誠)に在籍。2003年インディペンデント・キュレーター工藤キキに抜擢され、弱冠19歳で個展デビュー(康ギャラリー「盗まれた日記」展)。2001年「日常の変貌」展(群馬県立近代美術館)、2005年「会田誠・小沢剛・山口晃」(大原美術館)等に参加。表現形態はペインティングt瑰、立体、写真などを組み合わせるインスタレーションであり、その意味で王道的な現代美術を指向しているが、どこか老人じみた無気力感や、ささやかなユーモアを独り笑うようなオポチュニズムに、特有のセンスがある。
●mnemon[有馬純寿・選]
レーベルport主宰、またSONYとの環境音研究開発ほか企業VP,TV-CMのサウンド デザイン、レーベルATAKでのインスタレーション/サウンドプログラミングなど多岐に活動するevalaと、音楽、空間、言語を軸とし多領域への関心を往還
しながら制作を行う中島佳秀による新ユニット。
●番平浩美[パルコキノシタ・選]
現在、創形美術学校ファインアート科絵画造形専攻3年在学中。場末の温泉街に有りそうな手描きのポルノ看板やエロチックポスター等に、あるいは骨董屋で見つけた昔の絵はがきに、戦後の昭和史を飛び越えて21世紀を生きる作家は同じ世界を観た気がする。一種の好事魔的形而上学的探究心求は。次世代大日本シュールレアリスムの担い手になる可能性がある。
●ピョコタン[土佐正道・選]
漫画家。1977年生まれ。著書に『アホ汁』、『超アホ汁』、『赤いアホ汁』、『緑のアホ汁』(いずれも三才ブックス、2001-05年)、『全員友達』(小学館、2001年)がある。
●ふつう研究所[会田誠・選]
2004年に結成され、現在30人近くにおよぶ若者たちによって構成されるグループ。個々にはアーティスト志望者も多く含みながら、グループ全体としては既存の「アートユニット」と分類されることを拒み、単なる「若者サークル」に限りなく接近しつつも、未知なる表現領域を模索し続けている。主な発表歴としては、2005年会田誠の自宅で行なわれたホームパーティー型展覧会「西荻ビエンナーレ」、ポエトリー・リーディングの会で「ドラクエ」のテーマ曲をフル・オーケストラで演奏することに挑んだイベント(東中野ポレポレ)など。明らかにエキセントリックな言動の遠藤一朗が逆説的に提唱した「ふつう研究所」というキーワードを、彼の音楽仲間であり、会田誠と親しい関係にあった卯城竜太・林靖高が具現化しようとした、というのが結成のいきさつか。「美術」と一定の距離をおくことで現代の若者のリアルな一断面を見せるところが、このグループの特長である。
●真部剛一+藤本仰一[小沢剛・選]
現代美術家の真部剛一(1974年岡山生まれ、1999年京都市立芸術大学大学院美術研究科修了)、複雑系物理学研究者である藤本仰一(1972年東京生まれ、2001年東京大学大学院総合文化研究科博士課程修了)によるユニット。アートとカオスの融合による新たな表現活動を行うため、1996年にチベット高原で結成。現在、中国の黄土高原を中心にアートプロジェクトを展開している。
■海外招待作家
●サスキア・ホルムクイスト[長谷川仁美・選]
1971年スウェーデン生まれ。2004年ストックホルムの国立美術デザイン大学を卒業し、同年IASPISのレジデンシー・プログラムに参加。作為的な働きかけによって人々が通常意識せずに信じているものが本当にそうなのかを問いかけくるビデオ作品は、作者がいうところの“マニピュレーション”によって通常無意識的に信じこんでいる我々の足元、現実または真実だと考えているものを大きく揺さぶる。
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